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仙台地方裁判所 昭和61年(ワ)845号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一四〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一一月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1(保険契約)

訴外有限会社青葉重機(本店の所在仙台市宮城野区原町苦竹字下川添一七番地、代表取締役坂本守正、以下「青葉重機」という。)は、被告との間で、後記本件車両を被保険自動車とし本件事故発生日を保険期間内とする自動車損害賠償保険契約(いわゆる任意保険、以下「本件保険契約」という。)を締結したが、その普通保険約款の第二章を自損事故条項とし、左記内容の条項(以下これを「本件約款」という。)を定めている。

(一)  第一条

被告は、被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害を被り、かつ、それによってその被保険者に生じた損害について自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合は、保険金を支払う。

(二)  第二条

被保険者は、次の者をいう。

(1) 被保険自動車の保有者(自賠法二条三項の保有者。)

(2) 被保険自動車の運転者(同法二条四項の運転者。)

(3) 右以外の者で、被保険自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者

(三)  第五条

被告は、被保険者が(一)の傷害を被り、その直接の結果として死亡したときは、一四〇〇万円を死亡保険金として被保険者の相続人に支払う。

2(事故の発生)

原告の子訴外高橋浩二(昭和三一年五月一〇日生)は、青葉重機に自動車運転手として勤務し、主として建設用重機類の運搬作業に従事していた。浩二は、昭和六〇年一一月二五日、青葉重機所有の大型トラック(三菱FUSO一〇トントラック、事故当時の登録番号宮一一ゆ三三四一、変更後の登録番号宮一一ゆ三四三八、以下「本件車両」という。)に機材を積込み、これを運転して青葉重機の資材置場から宮城県古川市内の工事現場に右機材を運搬した後、更に、黒川郡大衡村駒場付近の配水管布設工事現場で使用していた全油圧式掘削機(KATOHD 七七〇SEL型。以下「本件ユンボ」という。)を同現場から搬出するため、本件車両を同現場付近の路上まで運行し、本件車両に本件ユンボを積込み作業中、次の事故(以下「本件事故」という。)を起こした。

(一)  日時 昭和六〇年一一月二五日午後二時四〇分頃

(二)  場所 黒川郡大衡村駒場付近路上(以下「本件現場」という。)

(三)  本件現場の状況

天候雪、積雪約三センチメートル。道路幅約七・六メートル、路面は中央線から路肩に向かい勾配約五度の下り傾斜。本件車両進行方向左側は、勾配約四〇度、長さ約二・四メートルの路肩を経て約一・四メートルの側溝及び側溝に続く農耕用道路。

(四)  態様

浩二は、本件車両を本件現場に駐車させ、同人が本件ユンボを運転して本件車両荷台後部の積込み板を経て本件車両の荷台に載せたが、その際、本件ユンボの重量により本件車両の後部が沈込んだため、本件車両前部が後輪を支点として地面から浮き上がり、本件ユンボが荷台上を前方に進行するに従い、浮上がった本件車両前部が地面に落下した。右落下時の振動により、本件ユンボは本件車両荷台上からバランスを失って本件車両左側に落下し、道路路肩下の側溝及び農耕用道路に転落、転倒した。

(五)  結果

浩二は本件ユンボの下敷きになり、頸椎骨折により即死した。

3 本件事故は機材運搬の用に供されていた本件車両に機材を積込む作業中に発生したものであり、本件車両の運行に起因する。本件事故の結果、本件車両の運転者である浩二が死亡したから、被告は本件約款に基づき、浩二の唯一の相続人である原告に対し、死亡保険金を支払う義務がある。

4 よって原告は被告に対し、本件保険契約に基づき保険金一四〇〇万円及びこれに対する浩二の死亡日の翌日である昭和六〇年一一月二六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、原告主張の日時及び場所において浩二が死亡したことは認め、その余は不知。

3  同3は否認する。本件事故の態様が原告主張のとおりであったとしても、右事故は浩二の本件ユンボの運行に起因するものであり、本件車両の運行に起因しない。すなわち、本件事故はユンボの運転資格を有しない浩二が、事故発生前に、天候が悪いので本件現場での積載をせずにすぐ帰社せよとの上司の指示に反し、本件現場まで本件車両を走行し、積雪があり傾斜のある同所で停車しサイドブレーキを引きエンジンを停止した後、本件ユンボの操作を誤った過失により生じた。しかも、本件車両の荷台は自賠法二条二項にいう当該装置には該当しないし、本件事故現場は工事中のため工事関係者及び関係車両以外の通行は禁止されていた。したがって、本件ユンボの積込みは本件車両の運行に該当しないし、仮に運行に該当するとしても、本件事故は本件車両の固有の危険性に基づき生じたものではなく、本件ユンボを運転した浩二の全面的過失、人的危険によって生じたものであるから、本件車両の固有の危険性と本件事故発生との間に事実的因果関係はもとより相当因果関係もなく、本件事故が本件車両の運行に起因したとはいえない。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一  請求原因1の保険契約締結の事実、及び同2のうち訴外亡高橋浩二が昭和六〇年一一月二五日午後二時四〇分頃宮城県黒川郡大衡村駒場付近路上で死亡した事実は、当事者間に争いがない。

第二  本件事故の態様

一  〈証拠〉によると、次の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  青葉重機は、土木工事請負、建設機械リースを目的とする会社であるが、宮城県が元請業者訴外株式会社松川土木に発注した仙北工水第412号仙台北部工業用水道事業配水管布設(土木)工事のうち、宮城県黒川郡大衡村駒場の三地内の工事現場において、昭和六〇年一〇月七日から同年一一月三〇日までを工事期間とし、土止め用、H型鋼杭の打込み及び引抜工事一式を内容とする工事を施行していた下請業者であった。浩二は、昭和三一年五月一〇日生で、昭和六〇年一〇月三日青葉重機に大型トラックの運転手として採用されたものであるが、採用の際、浩二は青葉重機に対し大型免許の他、大型特殊免許(重機の運転資格)についての建設機械の講習の終了証書を紛失したので再発行を申請していると述べたが、本件事故まで再発行を受けておらず、また、高校卒業後上京し東京都内の建設会社で働いていたおり、重機の運転資格を取得したと原告に語っていたが、東京都所在の指定教習機関のいずれからも浩二に対して講習終了証は発行されていなかった。

2  昭和六〇年一一月二五日、青葉重機は、右工事現場において、同会社所有の本件ユンボを使用して、下請工事をし、午前一一時頃作業は終了した。当日は午前一〇時頃から降雪し、作業終了時には猛吹雪となり道路上積雪三センチ程度となった。右作業を終えた作業員は現場事務所から青葉重機本社に電話し、代表取締役坂本守正に対し、作業数量の報告と、作業に使用した本件ユンボの現場からの搬出につき指示を仰いだところ、現場はかなりの悪天候であるとの報告を受けた坂本は、重機は明日引揚げることとし直ちに帰社するように命じた。浩二は午後二時頃右本社に電話をかけ、古川での作業が終りこれから本社に帰るが本件現場の重機を引揚げにつき指示を仰いだところ、坂本社長は現場状態が悪く、重機運転手もいないので重機積載はせず帰社するよう命じたが、浩二は現場の状況を見てから帰る旨述べて電話を切った。

3  昭和六〇年一一月二五日午後二時四〇分頃、本件現場付近で作業していた松川土木従業員佐藤喜美雄は、本件ユンボが、本件現場の道路から西側の田に転がるようにして転落しているのを目撃した。

4  昭和六〇年一一月二六日午前九時三五分から午前一一時一五分まで大和警察署署員により行われた本件現場の実況見分の結果は次のとおりである。

本件現場の地形並びに本件車両が停止していた位置及び本件ユンボ転落の状況は、別紙第一及び第二図のとおりである。現場は、北側及び東側が雑木林でこれに沿うようにして北北西から南南東にかけて走っている幅員約七メートルのアスファルト舗装の農免道路吹付駒場線上(国鉄四号線から東方に約七〇〇メートル進行した付近)及びその付近であり、右道路の西側南側は田であった。見分時、本件現場の天候は雪、三乃至五センチメートルの積雪があった。右道路上に本件車両が北西方にサイドブレーキが掛けられた状態で停止しており、タイヤが動いた痕跡はなく、重機の積載時の反動等で本件車両が移動した形跡も見られない。本件車両の西側にある側溝と田の畦道上に油圧式振動杭打抜機を取り付けた本件ユンボが運転席を下にし、アーム部分を南南東に向けて横転していた。また、道路アスファルト上には、本件車両の西側に長さ三・八メートルの帯状の凹痕があり、また二箇所で路肩がえぐられており、本件車両の荷台西側(左側)縁の木製部分が長さ四〇センチメートルにわたり損傷していた。さらに、本件現場付近には仮設台などの装置は存在しなかった。浩二は、本件ユンボの運転席部分と転落現場の水田の畦道との間に挟まれて即死の状態であった。本件車両及び本件ユンボの形態は、別紙第三及び第四図のとおりである。本件車両は、最大積載量九二五〇キログラム、荷台の広さ六・二メートル×二・五メートル荷台の高さ一・二メートル、他方本件ユンボの左右のキャタピラー外側幅は二・八二メートルであり、本件車両の荷台より〇・三二メートル広い。

5  本件車両は荷台部分が自動的に傾斜するアウトリガーを伸ばすセルフローダー付ではないため、重機を積載するには、一般に導板、歩み板、仮設台等を設置し、重機のキャタピラーを作動して重機を積載するが、積載する重機がパワーショベルである場合には、アーム部分先端を荷台に置き、アーム部分を下方に作動させて、キャタピラー部前方を持上げて荷台に乗せ、更に、アーム部分を反転させて地面に先端を置き、同部を地面に押付けながら、キャタピラーを作動させて、重機を荷台前方に進め、積載を完了する方法がしばしば用いられる。なお、積載車両がセルフローダー付でない場合、仮設台等を設置するか否かにかかわらず、重機を荷台に乗せてから暫くの間、車両の運転席側が重機の重量で後輪を支点として浮き上がり、重機を荷台前方に進めると、運転席側が再び下りて接地することになるところ、本件車両に本件ユンボと同形の重機を右方法で積載する場合、本件車両の荷台端から、約三・八メートルの所まで重機のキャタピラー部前部が進行したところで、本件車両の前部が接地する。

6  青葉重機では、本件車両或いはこれと同形の車両に本件と同規模のコンマ7(装着バケットの容量が〇・七立方メートルのもの)のユンボを積載運搬していたが、ユンボの積載には仮設台などは使用せず、前記の方法で直接積載していた。浩二は前記のとおり講習終了証を所持していなかったが、青葉重機に就職後少なくとも一回、右方法でユンボ(ただし、バケット装着のもの)を積載した経験があった。

二  以上の事実によると、本件事故は、原告が本件約款の適用を主張する点に照らしても、浩二が別紙第一図のとおりの位置まで本件車両を運転し、停車させサイドブレーキを掛けてエンジンを止めたうえ、本件現場に置かれていた本件ユンボの運転席に搭乗し、これを作動させて、前記のように仮設台などを用いずに、本件ユンボのアーム部分を使って本件車両の荷台に積載しようとしたところ、アーム部分を反転させつつ、本件ユンボを本件車両の運転席方向に進めている段階でその運転操作を誤ったため、本件ユンボを本件車両西側にずり落ちさせ、道路西側の傾斜四〇度の土手を転がり、田に転落したものといわざるを得ない。

第三  運行起因性

一  ところで、本件保険契約上の「進行」の概念についてはその普通保険約款に定義規定を置いていないが、本件約款一条は請求原因1の(一)、(二)掲記のとおり、被告は被保険自動車の運行に起因する事故により被保険者が身体に傷害を被り、かつ、それによって「その被保険者に生じた損害について自賠法三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合」に保険金を支払う旨定め、本件約款二条において被保険自動車の「保有者」及び「運転者」の定義につき同法二条三項及び四項の保有者及び運転者の定義を借用しているから、本件約款一条の「運行」の定義も同法二条二項の定義、すなわち、「人又は物を運送するとしないとにかかわらず自動車を当該装置の用い方に従い用いること」を借用するものと解すべく、結局「自動車を当該装置の用い方に従い用いること」を指すことになる。

しかして、自賠法は危険物責任の思想に立脚して同法二条、三条を定めているところ、右の「当該装置」とは、自動車がエンジン駆動による走行によって人又は物を短時間内に大量に移動し運送する機器であることに照らし、エンジン、ハンドル、ブレーキ等走行のための装置、ダンプカーの荷台の昇降装置、クレーン車のクレーン、ユンボのバケット、フォークリフトのフォーク、コンクリートミキサー車のミキサー等自動車固有の機械的装置をいい、「用いる」とは右機械的装置を操作すること又はその操作の継続している状態をいうものと解すべきである。したがって、自動車が走行中であっても窓から蜂が入って刺されたとか、停車中の乗客が乗降に際し転んで負傷したときのように、運行と直接関係のない事故は運行性を有しないということになる(もっとも、近時自賠法二条二項の運行につき、「当該装置」を総合物である自動車そのものと解し、「用いる」を車庫から出発して走行し、その目的を達して車庫に格納するまでを意味するという車自体説(車庫出入説)が説えられているが、右の解釈は文理を離れ、自賠法一条所定の目的の前半のみを強調するものであって妥当とは言難く、当裁判所の採らないところである。そのうえ、本件保険契約はいわゆる任意保険であり、しかも本件約款は自損事故条項であって、被保険者の身体に生じた損害につき自賠法三条の損害賠償請求権が発生しない場合、すなわち、運転者が被保険車両を通常の意味における運転操作中(その固有の装置の操作を含む。)、その操作を誤ったことが原因となって被保険者に身体傷害が生じ、損害を蒙った場合に、その損害を填補することを目的とするものであるから、右約款にいう「運行」の解釈を自賠法二条に規定する「運行」に対する種々の裁判例の解釈と同一に解しなければならない理由はなく、右約款にいう「運行」の意義は、その目的に照し、右に説示したところをもって相当とする。)。

二  これを本件についてみるに、本件事故は、浩二が既にエンジンを切って停止している本件車両の荷台に、本件車両とは別個の自動車である本件ユンボを運転操作して積込中に発生した事故であり、浩二はなんら本件車両の機械的操作をしていないし、また、本件事故は不適正な本件車両の機械的操作継続中の状態(例えばサイドブレーキの掛け方の不完全)に起因して発生したものでもないから、そもそも本件車両の運行に起因して発生した事故ということはできない。なお、本件約款上の被保険者は被保険自動車の保有者、運転者及び右以外の者で被保険自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者のみに限定されているところ、浩二は青葉重機の自動車運転手ではあったが、本件事故発生時、本件車両を運転していないし、本件車両の正規の乗車構造装置のある場所に搭乗中でもなかったから、本件車両の運行に関する自損行為は存在せず、本件約款上の被保険者ということもできない。本件につき浩二を自損事故者というならば、本件ユンボに付せられた同種任意保険についていうべきである。

第四  結論

以上の次第で原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮村素之 裁判官 水谷正俊 裁判官 花谷克也)

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